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2006.09 / view cube
テレビ放映 9月23日(土)
日本テレビ系「ズームインサタデイ」にて、部屋を広く見せる工夫がある家として View Cube が紹介されました。
2006.08 / 光州新世界百貨店
韓国の光州市にある新世界百貨店のパブリックコンコースなどの改装を手がけました。
2006.08 / Hirose Bridge 仙台市
仙台市高速鉄道東西線 広瀬川橋りょう他設計競技第一次審査通過いたしました。
2006.07 / Restaurant FERTILE
「商店建築」2006年08号
Restaurant FERTILELIGHTEING TRENDとして掲載されました。
2006.06 / Kurkku green&cafeオープン
身近にエコロジーを展開していくためのコンセプト、「エコレゾ」をテーマとする、kurkku projectのカフェとグリーンショップをデザインしました。
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スタッフ・オープンデスク・アルバイト募集

リゾートホテルのリノベーションデザインセクション強化のため、スタッフを急募!しております。
ホテル所在地は、香川県、和歌山県、栃木県、千葉県ですが、今後さらに全国に展開していきます。
ホテル・商業施設のインテリアデザイン、建築設計の経験者の方・興味のある方は積極的にご応募ください。

上海は劇場都市だ。

そこにはライトアップされる歴史的建築物や未来的な建築と共に匂いの充満する街、汚い街がある。日本にもあったであろう近過去のリアルの力強い息吹と手触りを感じる。公/私や内/外を別ける意識が希薄な彼らは生活を家の中に限定せず街へとその舞台を拡げている。イスを持ち出し歩道で何を見るとなしに夕涼みをする男性、賭けトランプに興じる人々、青空食堂等。パジャマ姿の彼らは居間を横切る程度の感覚で街を散歩している。さしずめ街並みは部屋のインテリアといったところだろう。

上海の街並みはインテリアの連続であり、さらに進めていうなら舞台の書割。租界時代の外灘と清代の老街。上演演目は異なるけれどもどちらも劇を引き立てる舞台の書割として第一級だ。

いま、上海は、高層ビルが続々と建設されていく開発と生成の物語と、百年単位の歴史ある建物群が貴重な汚い街と共に破壊され消去されてゆくという2つの物語がひとつの舞台で同時に上演されている。この相反する期間限定の2つのダイナミックな活動劇はとても興味深い。東京にいる僕達は都市が簡単に壊せないとおもっていた。破壊が行われるのはアニメや映画の中だけだろうと。だが、ここ上海ではいとも簡単に都市が破壊されていく。それはアニメの都市破壊に一見良く似ている。しかし、アニメの都市破壊が、リアルの消えた表層だけの現在世界を破壊し見えない構造=トポスを白日の下にさらすことで、映画の内在するテーマを表現するのとは異なり、この破壊は、上海という都市が培ってきた時間的で空間的な雑多で厚みのある地層を転圧機で薄く平たく更地にローラーする行為に他ならない。その更地に出現したのは、皮肉にもアニメのキャラクターよろしく、蓮の花を頭上に抱いてみたり、意味もなく七色に電飾されたりした建築か、もしくはコピー・ペーストの繰り返されたマンション群である。表面的には派手で特徴的なアニメキャラクター的建築群だが、その内実はこれまで培ってきた時間と空間の地層をもたない平板でつまらない空虚な物語しか作れない力ない建築である。これまでのリアルで重層構造をもっていた都市の力強さ、それをアジアと呼ぶものかもしれない。それとは反対に力ない建築で埋め尽くされ既に白けた感のある東京。そこは劇場としての魅力に乏しい。

だが残念ながら上海は東京をめざしている。

上海の建築物をみていると、建築デザインのオリンピックみたいに多様だという意見があるが、上海の建築群の特性は、アニメキャラクター的建築群である。といえるだろう。「的」というのがポイントで、中国語の意味とは異なり、なんちゃってという意味。建築デザインとは、都市を把握し考えていくことで、社会的なたたずまいを模索していく作業であり、他と違うこと、そして目立ちたいという浅薄な理由だけから表面の装飾と形の多様さを模索することはデザインの軽視に他ならない。

こうした氾濫するデザインの中で、なぜ日本勢は埋没してしまっているのか。

浦東には日本人が関わった建築物も存在はしているものの、主流のアメリカや欧州の建築家が設計した建築に比べるとその存在感は希薄だ。最近日本人著名建築家が上海のテニス場のコンペで最優秀賞を獲得したが、レンズのように開閉する機構のものめずらしさが卓越している。参加側としては上海のデザイン批評が育っていない現状を見越してこうした戦略を取ったのだろうが、そのような歩みよりは不要であり、むしろ世界的に地域差が薄れていくなかで進歩と上昇志向の強い中国の現状をふまえてこれからを見据えた提案をするほうがふさわしいと思う。安藤忠雄のように欧州でも日本でも受け入れられる両義的なイデアの建築か、レムクールハースが北京の中国中央電子台コンペの戦略、新しい高層ビルのタイポロジー提案のほうが現在の中国にはふさわしい。

そして、奇抜さをねらい醜悪であると断言してよいデザインも同時に氾濫している。上海でつまらないアニメキャラクター的建築の増殖がとまらないのは、客観性のある建築批評の未熟がもたらした施主・建築家・市民の判断停止と上海のこの先をみすえたデザインオーガナイザーの不在という2つの要因が大きい。

昨年から今年へと、上海の復興公園で設計を手がけたLANTEENの工事監理に並行して、NYでビルのリノベーションプロジェクトが進行していた。上海・東京・NYと3都市がもたらす活気の違い、都市と民度の成熟度の違いを感じて興味深かった。上海はすでに東京以上に資本主義社会といえるだろう。

現在、南京郊外で別荘地の開発に携わっている。仕事を通じて多くの貴重な友人達を得ることができた。これからは彼らをはじめ、在上海の人達との積極的なコラボレーションから上海のこの先を提案していきたい。具体的には、上海では歴史的建造物のリノベーションやリテール・レストランそしてギャラリーデザインとアートエキシビジョンに注目している。また中国は日本やアメリカに比べ、建築工事業種の専門化が進んでおらず、建築の加工・作業現場が身近なので、彼らとの会話から吸収することも大いにあるだろう。

いま、アメリカでは日本文化はジャパニーズクールと呼ばれている。日本人は日本とは特殊な文化をもった国で特殊な民族であると思いがちだが、実際には伝統文化に対する感受性も市場も衰退し、欧米文化のほうが身近になりつつある大方普通の国だ。だからこそこれからの日本らしさを考え戦略的に展開してくことがわが国にとって必要だと思う。その手段として僕らは建築を選択している。それは、様式としての日本建築ではなくて、日本というカテゴリーを外したところで興味・共感を得られるような強度をもった建築で、調べてみると手がけたのは日本人だった。そうした状況が健全と思う。

2003.10
STAR(Satake Takeshita ARchitects)
佐竹永太郎 竹下昌臣
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